デジタルデトックス。って、インスタグラム (インスタ)がある以上無理なんじゃないかと思うこの頃。
依存しているつもりはなかったのに、気づけば延々と猫動画を追って永久スクロールしている自分に、はたと気が付きました。
これはやっぱりよろしくないと思い、思い立ったが吉日、インスタ断ちしてみました。
インスタグラムを根っから断つ
放っておけば永久にスクロールして見続けることができてしまう、インスタ。
夜、ベッドに寝転んでスマホを手に取った瞬間から寝落ちするまでずっと、猫動画やダンス動画を見る日々でした。
時間を計ったことはありませんが、きっと恐ろしいことになっていたと思います。
その上TikTokにまで手を出していたら今頃どうなっていたのでしょうか。
「踊ってみた」シリーズが見たくて魔が差しそうになったところをギリギリ踏みとどまり、いまだTikTokには触れていない自分に拍手です。
インスタにせよTikTokにせよ、YouTubeにせよ、楽しく見ているならある意味充実している、と言えなくもないのかもしれませんが、心のどこかで、無意味、とわかっていたのも事実です。
インスタに関しては、今や昔ながらの「#美味しかった」系の静止画の投稿などほぼなく、どれもこれも基本的に、「保存して見返してね」「フォローしてね」の動画の嵐。
かつては私も#美味しかった系インスタグラマーでしたが、時代遅れを感じてやめました。動画をささっと仕上げるテクも持ち合わせていないので。
見る専(ていう言葉も死語ですか?)になってしばらく経った最近。いつものように永久スクロールしながらふと、もう要らないかも。と思ったのです。
でも、そこにあるものはどうしても開いてしまう。
見ないぞという意志ほど弱いものってないですね。
ということで、思い切ってアンインストールしました。
強制的に、根こそぎ葬った、ということ。
これが案外、あっさりインスタ離れを促してくれました。
2週間で慣れるインスタ無し生活
おそらく禁酒と同じ。
最初の数日は、自然にスマホを手に取り、インスタがないことに気づき、若干の禁断症状に陥ります。
やることない。見たい。ない。ストレス。というループ。
いかにインスタに時間と脳を持っていかれていたかに気づくと同時に、インスタを見ないとこんなにも暇な時間ができるのかと、気づきました。
でもおそろしいことに、インスタが無いと、別のソーシャルメディアに手が伸びるんですね。
私の場合は、YouTube。
まさに、中毒です。
でも、そんな禁断症状も、2週間ぐらいすれば、ほぼ無くなりました。
相変わらずChatGPTに話しかけたり、ゲームをしたりしているので、スマホ時間が劇的に減ったとは言えないまでも、インスタ無しで、生きられるようになりました。
再インストールめんどくさい→見なくなる
週1で見たいインスタライブがあったので、最初は、ライブ前に再インストールして、気になる投稿だけ見て、ライブを見て、またアンインストールする、というサイクルを繰り返していました。
でも、再インストールがけっこうめんどくさい。
パスワード入れて、認証コード入れて、みたいなプロセスを毎回することになり、そこまでして見たいのかという疑問がわいてきました。
見たかったインスタライブがYouTubeでも配信されていることがわかり、そこからは、週1の再インストールから、2週間に1度になり、3週間に1度になり、と頻度が下がり、久しぶりにインスタを開き、フォローしているアカウントをざーっと流し見するも、それほど興味がない自分に気づいたのです。
今は、月1ぐらいで、気が向いたら開くぐらいでしょうか。
見ていなくて困ったことは何もないと、断言できます。
インスタやめて、自分とつながる。
最初の頃は、インスタを見ない時間、手持無沙汰で何をしたらよいのかわからないほどでした。
やることがなくてボーっとしすぎて、なんならインスタ見ているほうが、情報収集していてよいのではと思えたほど。
でもある時から、そのボーっとしている時間に、自分の将来や、今自分の心の中にあること、あたたかい気持ちや、ざわつく気持ち、などが思い浮かぶようになりました。
ただ浮かぶがままに浮かばせて、ボーっと眺めていると、なんだか、心が落ち着いて、ぐっすり寝てすっきり目覚める朝が増えました。
他人の世界とのつながりから、自分の世界とのとつながりに意識が移ったことで、不思議なほどに、心が落ち着き始めたのです。
そうなればもう、こっちのもの。
インスタを見ない生活が、普通となり、むしろ心地よくなりました。
自分のために時間を使っているという、充実感が生まれます。
個人的感想ですが、インスタ断ちは、禁酒よりずっと簡単。
無くても全然生きていける1位だな、と今は思っています。
そもそもソーシャルメディアって、何のためにできたんでしょう。娯楽の一部だったんでしょうか。今やほぼ、広告宣伝ですが。
ちなみに日本語ではSNSと言うようですが、アメリカでは、Social Media(ソーシャルメディア)を略して、ソーシャル、と言います。アメリカ人には、SNSという、いわば日本語が、独特でおもしろい響きのようです。
それでは、また次回。
Ryoko




